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心は身体から派生する

心は身体から派生する
意識上の自分(外のモノや考えたこと)をあまり過信せずに

(以上結論以下ウンチク)
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胃カメラやって、改めて思う
000医師曰く「2004年ほどひどくはない。一応病理検査にまわします」
グロイけど、これも自分
2004より
04改定かいよう

2016年健康正常に・・?
16年胃潰瘍

考えてやる・・ことは(新脳意識)行為の10%にも満たない世界で大半は旧脳の働き(無意識の身体的反応)
・・という暴論?が、気になる。
考えて「こうしよう」と思うと、胃痛になる。個人的経験から割り出す。架空的砂上の楼閣だろうが
興味関心がある。

井垣義稀さんが、るいネットで掲載している見解だが・・

(引用ー中略して・・))彼は展開する

「考える」という行為は身体性から派生しており、純粋に独立した精神など存在しない。

ヒトの脳は、元来は身体とともに機能するように生まれたものです。

ローマの詩人ユウェリナスは「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という名言を残しています。
この言葉が象徴するように、昔の人は身体を脳の上位においていたにちがいありません。

心は身体から派生することを、あえて念頭に入れておくことが大切だと私は思うのです。

「ヒトは自分自身に無自覚であるという事実に無自覚である」とは、ヴァージニア大学のウィルソン博士の言葉です。
私たちは自分の心がどう作動しているかを直接的に知ることはできません。
ヒトは自分自身に対して他人なのです。

こうした研究成果が明らかになればなるほど、意識上の自分をあまり過信せずに、謙虚にならねばと襟を正す思いがします。
 
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組織 自由

「組織」とは
30日水曜ゼミ


動植物組織なら

例えば目の組織
モノを見る機能として様々な細胞組織があるらしい
ここには束縛も強制も「うらみ」「つらみ」疎外・・などの人間の(思い)などないのでは・・?

見る「ため」に・・とかいう目的も必要なければ、考えも要らない
機能が「ある」だけ・・・。


目と脳

 ※木全2015年10月28日のブログ「認識する機能」転写

ところが社会組織となると・・辞書引用

●特定の目的を達成するために,諸個人および諸集団に専門分化された役割を与え,
【その活動を統合・調整する仕組み】

ここで、自由という自分の観念を、シラベたい。。
好きにやれる・・正しいとか、必要とか・・個人の思いとか気持とは、別の意志・・自由の捉え方。

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40人弱の人が寄っていたゼミの会場
これも研究「組織」・・と見える。

みなさん思うことを言う。聞いてこちらにも
よくわからないなぁ、とか、それは正しいとか変とか、間違いとか、
関係ない。。とか湧く時もある。
Aさんが言う「○○○○」Bさんが言う「そんなきれいごとおとぎ話みたい」
勿論、私の翻訳・・・
しかし、私も、おそらく寄っている人も、対立、対抗的には聞こえていない感じ。時には反応したりしてつながることもあるし
進行役?が拾うこともある。私などは、自分流の理解が出来ないと、突っ込む=質問?することもある(そう見える)

だが、それも、それぞれの細胞の働き(発言・黙って聞くetc)各々の細胞に任せられている。
ある意味ではその場に安心して委ねられている。


【束縛も強制もない自由の実現している場=組織】

こんな感じかな。。自由

次週はこの時の「目的」とか「意志」が研究対象か。


◆◆◆◆(以下余談・・くりごと)

現状の自分の(思い)・・としては、

生まれてすぐ属することになった家族という組織・団体
やがて保育園・幼稚園・小学校・進学塾・中高一貫の進学校・・大学・会社・
「真理実践活動体」・国家・・・・。

どれも自分の意志とは、異なり、疎外/迫害/強制/罰則・・・
個(私を)圧殺しようとするもので
高校時代自主退学
腐りかけたリンゴは排除しないと、全体によくない影響を与える排除!

【組織、なんてろくなもんじゃねえ】

そこから発生するのは「うらみ・つらみ・嫉妬・いかり・不信」・・・
まさにロクナモンじゃねぇ

人に対しては溶け合いそうもないし、親愛の情など湧きようがない。

己の肉体に対しては、ストレスを発生して
学生時代から十二指腸潰瘍を繰り返す。
この6月も、痛みをくりかえす。

22日鳩山邦夫、自分と同じ67歳で十二指腸潰瘍で死亡の記事に「まさか?」
 oooo先生に診察の折り
鳩山邦夫クラスの人が、十二指腸潰瘍で死ぬことあるんですか?」と聞くと
「まあ普通はありえない。政治家ですからねぇ・・」とのこと

でも、なぜか?鳩山死亡に後押しされて?
胃がん宣告が嫌で、避けていた胃カメラやろうと決意!!

後二時間後の今日、30日午前7時胃カメラやりに、
安塚町の内科に
行ってきます。胃がんでありませんように。。

2004年12月15日名護会場で検討会中、考えすぎて
(思い煩いし過ぎて)
激痛に襲われ夜間救急診療で藤河房雄さんに付き添ってもらい鈴鹿中央病院でカメラ飲んだのは12年前でした。